『サンデー・エクスプレス』紙の報道によれば、学校の校長は8月下旬に米と小麦が消えたことを警察に通報したが、それに対する捜査は全く行われなかった。
そこで、州都ジャイプールの340キロ南にあるランプール村のパンチャヤット(地方協議会)は、自らの手で裁きを下すことに決めた。
犯人探しに10日が費やされた後、彼らは新聞が言うところの「中世の強権政策」に出た。
ライプールと隣接するふたつの村の男性150人は、油が沸騰する大釜から銅の指輪をつまみ出すよう命じられた。協議会は、この命令を拒否した50人が犯人に違いないと宣言した。現在、大勢の村民がやけどを治療中だ。
ある45歳の男性は、「拒否したなら、村八分にされたでしょう。その恐怖から、私たちはみな賛同しました。これが行われたのは初めてではありません」と言う。いま、彼が長老たちに不利な発言をできるのは、彼らがすでに逮捕されているからだ。
ソース
総評:
日本にも、盟神探湯(くがたち)といって、煮えたぎる湯に手を入れ、無実なら神が守ってくれるので熱くないと言う、犯人探しの方法がありました。
もっともそれは、怪しい奴の目星をつけておいて、そいつにだけ熱湯をだすというものでしたが。
それが行われたのは1500年ほど前の話。
インド全く進歩してません。
つーか、捜査能力ゼロの、サディスティックな爺共の祭典と化してます。
私は昔、師匠とも言える人に、こういう話を聞いたことがありました。
「なれると、揚げ物を素手で鍋からつまみ出せる。」
その時私は、その話を信じられませんでした。
このニュースを聞いて、嘘だと確信しました。
案の定、やった人全員大やけどしたそうです。
しかしすごいですよね、150人容疑者がいて、拒否したのはたったの50人。
100人がおとなしく油に手を突っ込み、しかもこれが行われたのは初めてではないと言うんですから。
そんなに、村八分が怖いのでしょうか?
最悪でも、どうせ爺が死ぬまでの辛抱だと思うのですけど。
結局、今回の事件の一番簡単な解決方法は、長老を鍋にぶち込んで、米と小麦は引き続き警察に任せるって事なんじゃないでしょうか。w
記事にも、「いま、彼が長老たちに不利な発言をできるのは、彼らがすでに逮捕されているからだ」とあるように、どう考えても爺共が一番のガンなんですから。
おもしろかったら、クリックで応援してね。







長老が率先してやるんだったら、何度も行われて無いと思うんですけど、でもこの長老が若いときやっていたのに今でもやれと言っていたのなら、長生きしてる意味のない爺ですよね。
こーいった誓約のこのを『ウケヒ』と言うそうですがインドにもあったのですねえ…。ウィリアム・テルもそうなんですがこの手の無理難題を克服して潔白を証明する逸話が世界のあちこちに存在しているって事は興味深い話かもしれません。
神話というのは一見無茶な話に見えても、必ず裏に意味があるんですよね。
コノハナサクヤヒメの場合はもとより知りませんが、日本神話は名前とか結構難しくてよく知らなかったりします。